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私がご贔屓にしていたプレイヤー達を紹介します。

2014年12月30日
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みなさんこんばんは、私昨日から福島の実家に帰省しております。

今日は流石に年末ぐらいはゆっくりしたいという事で、実家に引きこもりNBAの試合を見たり、おとなしくパソコンいじったり、何気ない一時を送っておりました。

で、実家に帰って来ると昔撮り溜めてたビデオ見たくなったり、部屋に重ねてある昔のNBA雑誌とか読みたくなったりして、思い出に浸るターイムが始まるんですが、今回の記事ではそんな私が一番NBAにハマっていた時期お気に入りだった選手達を動画と共にちょいと紹介しようと思います。

 

それでは早速、

まずシンシナティ大学出身、ドラフト二巡目37位という低順位で指名されながらもレイカーズのスターに上り詰めた、

ニックバンエクセル

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97-98シーズンにはシャック、EJ、コービーと共にオールスターにも選出されました。

彼の魅力は何と言ってもニックザクイックの異名を取るアップテンポなプレースタイル、からのクイック3ポイント、そして勝負強いクラッチ力。

私がまともにNBAを開幕から見始めるようになった97-98シーズン、レイカーズの開幕戦は対ジャズ戦だったのですが、この試合が丁度BSで放送された事もあって、私がその試合で大活躍したバンエクセルの虜になるのは無理もなかったです。

何と6連続3ポイントですよ、本当にひょうひょうと決めてくるんですよね、その試合のハイライトがどこにもあがってないのが残念。

そして、彼は試合終盤のクラッチタイムに本領発揮するプレイヤーでして、よく名の挙がるスーパースター選手達にも引けを取らないぐらい値千金のショットを決めていました。

後にナゲッツにトレードされ、マブス、ウォーリアーズ、ブレイザーズ、スパーズと渡り歩いて引退しましたが、全盛期を過ぎた後でも時折り見せる爆発力はやはり魅力でしたね。

バンエクセル 40点ゲーム 対ソニックス

 

次に、

2000年初期にQことクエンティンリチャードソン、ラマーオドムとビッグトリオを結成し、ヤングでエキサイティングなゲームを展開した、

ダリウスマイルズ

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彼はハイスクール卒業後そのままアーリーエントリーし全体3位指名、体型やプレイスタイル、そして同じ高卒であるという共通点から第二のケビンガーネットと期待されていた逸材で、彼自身もKGに憧れ21番をつけたのですが、最終的には膝に爆弾を抱えてキャリアにピリオドをうつしかなくなってしまったプレイヤーです。

それこそクリッパーズ時代は持ち前の身体能力を生かし華々しい活躍を見せ、オールルーキー1stチームに選出、しかし2シーズン過ごした後にキャブスにトレードされ、レブロンを中心にチーム作りをと考えていたクリーブランドでは中途半端な役割に終始、今度はシーズン途中でブレイザーズにトレード。

ブレイザーズではそれなりに好成績を収めてはいたものの、右膝を故障してしまい、それ以降再び輝きを取り戻す事はありませんでした。

私がルーキー時代の彼のプレーの虜になり、大注目していたプレイヤーだっただけにマイルズの早期引退は本当に残念でした。

彼は私の好む、片足跳び&両足跳び(左右、右左両方)を器用につかいこなすフレキシブルダンカーで、なおかつダンクそのものも細身の身体とはいえシャープさの中に光るパワーを感じさせ、見ていて本当にワクワクするダンカーだったのです。

2001年のルーキーゲームでは、才能の片鱗を見せてくれました。

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後半の試合終了間際には、マイルズにフリーでダンクさせようという流れになり、ノーマークでウィンドミルに行ったのですが(↑の動画の2:32の所)、このウィンドミルは当時私がそれまで見て来たウィンドミルの中でも最高峰のものだと鳥肌が立ったものです、もちろん今でもそう感じます。

跳躍しながら回すのではなく、跳躍して最高点に達したと同時に腕の稼働域をフルに使ってのウィンドミル、しかもウイングスパンがやたらとあるので見栄えももの凄い。

惜しくも外れてしまいましたが、何と言う身体能力か、是非コンテストで見てみたいと強く思いましたね。

彼はハイスクールのダンクコンテストには出場していまして、ジョーダンばりのゆりかごとレーンアップを決めておりました。

それではマイルズの締め動画として、彼のキャリアハイ47点を挙げた試合の動画を貼っておきます。

 

さて、お次は、

スーパー身体能力、アントニオマクダイス

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95年のドラフトで全体2位でクリッパーズに指名され、そのままナゲッツにトレード。

主にナゲッツ、そしてサンズで活躍しました。

彼はスター選手としてはあまり真っ先に名前が挙がって来くるプレイヤーではないですが、00-01シーズンには20.8点、12.1リバウンドを記録し、オールスターにも選出されています。当時のウエストのインサイドはシャック(欠場)、ダンカン、ガーネット、ウェバー、マローン、ラシードウォレス、提督など層の厚さはかなりのもので、その中での選出は素晴らしい功績でした。

更にそのシーズン前にはシドニーオリンピックのメンバーとして金メダル獲得に貢献しており、その実力は折り紙つき。

持ち前の身体能力はリーグでもトップクラスで、彼の繰り出すダンクは全盛期のショーンケンプ、またはドミニクウィルキンスを彷彿とさせる高さがありなおかつパワーを兼ね備えたものでした。

そしてその能力の高さを活かしたリバウンドもあり、その上ブロックも脅威で、当時PFとしては相当なプレイヤー… でしたが、

やはり彼も膝の怪我により、徐々にスタッツが低下していってしまいました。

元々様々なプレーを器用にこなせるタイプではなかったため、一度膝を怪我してしまい、身体能力に頼ったプレーが出来なくなってからはマクダイスらしいプレーというものは徐々に鳴りを潜めていってしまいましたが、それでも2004年にピストンズに移籍してからは主に中距離のジャンパーとリバウンドでシックスマンとしてチームに貢献し続けました。

ちなみに、私は彼の爆発的な跳躍力に惚れ込んだというのは正直な所ですが、それと同じぐらい彼の人柄が好きというのがマクダイスがお気に入り選手だった理由の一つとして挙げられます。

彼のプレーを見ていても分かりますが、プレーで取り乱したり、何か問題を起こす事はなく、その上彼の笑顔から人柄の良さがよく分かるんですね、そして怪我をした後も自分の出来る仕事を忠実に最後までこなし続けた姿勢も是非大いに評価したいです。

以上、今回は3選手を紹介させて頂きました。

基本的にあまりにも有名なスター選手はほとんどのNBAファンの方が知っていると思うので、若干マイナー気味…?な選手をこれからも記事として紹介したいと思います。

それでは。

 

– 本日の一曲 –

「Blu – Kinda Dusty」


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About cata.

cata.
96-97シーズンよりNBAを見始め、それがきっかけで中学からバスケを始める。高校ではNBAファンサイトの運営に夢中になり青春を台無しにする。大学から渡米し7年滞在後に帰国。三度の飯より四度の飯が好きってぐらいダンクを愛するB型アラサー。

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